連日メディアを賑わすコロナウイルスですがとうとう世界各地のアスリートの中にも感染者が続出し、サッカーのイタリアセリエAの所属選手やアメリカバスケットボールNBAの選手にも感染者が発生したことが明らかになりました。こうなってくるとオリンピックが開催された場合外国観光客はもちろん出場選手を媒介としてウイルスが日本国内に拡散するというシナリオも十分予想されますよね。
 今のところ日本政府は予定通り開催としていますがIOCのバッハ会長が開催についてはWHOの見解に従うと声明を出したことも大きく話題となり予定通りの開催が行われるかどうかかなりの正念場まで追い込まれたのではないでしょうか?

 さて実は過去にオリンピックに負けないくらいの世界規模のスポーツイベントで、開催が危ぶまれながらも無事当初の予定通り開催にこぎつけ結果大成功をおさめた事例があるのをご存じでしょうか?それが1986年のサッカーのメキシコワールドカップです。以下詳しく見ていきたいと思います。




メキシコワールドカップは本当はコロンビアワールドカップだった?

 実は本来この1986年のサッカーメキシコワールドカップはコロンビアワールドカップとなるはずでした。開催予定の1986年の12年前に行われたFIFA総会で決定したからです。ところが開催地として決定していたコロンビア大会組織委員会が開催の3年前の1983年に経済状態の悪化から開催権を返上、特に1982年のスペイン大会から大会参加国がそれまでの16か国から24か国に増加したのですが当時のコロンビアには24か国の大会を行うスタジアムなどの設備がなく大会組織委員会が政府にバックアップを求めるも経済状態の悪化を理由に断られ、泣く泣く開催権を返上したのでした。
 そしてその結果コロンビアの代替開催地となったのがメキシコだったのです。

メキシコにとっては棚ぼた?

 このようなまさに棚からぼたもちのような経緯で1970年大会以来の2度目の開催地となったメキシコでしたが、開催にいたるまでは決して順風満帆ではなくは大きな危機に直面しました。まず前年の1985年に大地震がメキシコを襲います。この地震による被害はメキシコ政府公式発表によると死亡者は約1万人、倒壊(全壊)した建物は約3万棟、半壊した建物は約7万8千棟にも及びました。
 そして翌1986年、すなわち開催年には石油価格が暴落し国内経済が危機的状況に見舞われます。そんな状況の中メキシコワールドカップは開催されたのです。

なんとか開催にこぎつけたメキシコワールドカップ。気になる成果は?

 大会の総入場者は244万人入場料収入は53億円となり、それらにテレビ放映権料、広告看板、プログラム広告料などを含めると総収入は154億円にも達しました。
 これから経費を差し引いた73億円が利益となり。そのうち30パーセントの約22億円をメキシコ大会組織委員会が受け取ったといわれています。すなわち経済的に大成功に終わったといえるのです。
 
 またこの大会が成功に終わったのは経済面だけではありません。アルゼンチンのマラドーナによるイングランド戦との試合での神の手ゴール、さらには5人抜きのスーパーゴールは有名ですよね。あの2ゴールが生まれたのはこのメキシコワールドカップなのです。そしてアルゼンチンはマラドーナの活躍もありそのまま優勝とまさにマラドーナがスーパースターとして世界的に飛躍したのがこのメキシコワールドカップといえるのです。まさに記憶にも残る大会であったということができるでしょう。

 このように直前の大地震さらには開催年における国内経済危機のなか開催し結果大成功に終わったといえるメキシコワールドカップ。東京オリンピックもこのメキシコワールドカップの再来として語り継がれるような素晴らしい大会になるのでしょうか?コロナによる影響が改善しそうなることを祈りたいものです。